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旭川地方裁判所 昭和45年(ワ)407号 判決 1973年1月29日

原告 斉藤崇

右訴訟代理人弁護士 竹原五郎三

被告 関矢保

主文

被告は、別紙目録記載(一)の土地について旭川地方法務局昭和四十四年九月二日受付第二九八五四号をもってされた賃借権設定登記の抹消登記手続をせよ。

被告は、原告に対し、被告が別紙目録(一)及び(二)の土地上に置いた古材木その他一切の動産を収去して、同土地を明け渡せ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、第二項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決及び土地明渡しを求める部分について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  原告は、昭和四十四年八月二十四日、売主を飛弾野三郎、買主を原告として、別紙目録記載の(一)及び(二)の土地(以下「本件土地」という)について代金八六八、〇〇〇円とする売買契約を右飛弾野の代理人である被告と締結し、旭川地方法務局同年九月二日受付第二九八五五号をもって所有権移転登記を了した。

ところが、本件(一)の土地について、被告を賃借権者、同年八月二十七日設定契約を原因とし、同法務局同年九月二日受付第二九八五四号をもって賃借権設定登記がされている。

このように被告は、本件土地の売買契約の代理人でありながら原告との売買契約成立後まだその所有権移転登記を了しないうちに原告に秘して本件(一)の土地について売主と賃貸借契約を締結し、その登記を了してしまったものであり、被告は、原告に対し右賃借権をもって対抗できない。

二  また、被告は、本件土地上に古材木、コンクリート破片等を置き本件土地を占有している。

三  よって、原告は、被告に対し、右第一項記載の賃借権設定登記の抹消登記手続及び右第二項記載の古材木その他一切の動産を収去して本件土地の明渡しを求める。と述べ被告の抗弁事実は否認すると答弁した。

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、請求原因に対し、「請求原因第一項中原告主張の売買契約の存在及び賃借権の登記がされていることは認め、その余の事実は否認する。同第二項の事実は、認める。本件土地の周囲の土地にある家屋は、被告がその建築工事を請負って築造したものであり、本件(一)の土地は、これらの家屋の居住者のための共用の通路とすることを予定しているもので、被告が本件土地の売主である飛弾野から昭和四十二年四月十五日、賃借していたものであって、本件土地を原告に売却するにあたって、被告は、右賃借権設定の事実を明らかにし、右(一)の土地に建物その他の工作物を建築しないことを本件土地の売買契約の特約としたものである。したがって、本件賃借権の設定は、原告に対抗できるものである」と答弁し、抗弁として、「本件土地の売買に際して、原告と被告との間に、原告を注文者、被告を請負人として本件土地上に家屋を昭和四十四年中に建築する請負契約が締結され、被告は、右請負契約に基づいて、その準備行為として古材木等を置いているものである」と述べた。

理由

一  原告が昭和四十四年八月二十四日、飛弾野三郎の代理人である被告から飛弾野所有の本件土地を八六八、〇〇〇円で買い受け、旭川地方法務局同年九月二日受付第二九八五五号をもって所有権移転登記を了したこと及び本件(一)の土地について、被告を賃借権者、同年八月二十七日設定契約を原因とし、同法務局同年九月二日受付第二九八五四号をもって賃借権設定登記がされていることは、当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によれば、飛弾野三郎は、本件土地を含む近隣一帯の土地を所有して被告にその土地上に分譲住宅を建築させ、被告がその住宅を他へ譲渡するときにその敷地も分筆して住宅の買受人に譲渡していたが、右土地の売買契約、分筆手続等は被告を代理人として行なっていたところ、かねて住宅建築のための敷地を探していた原告が本件土地をたまたま見付け、近隣の者から本件土地の差配をしている者が被告であることを聞き、昭和四十四年八月二十四日、被告方へおもむき交渉の結果、同日本件土地の売買契約が成立し、その際被告は、原告に対し、本件(一)の土地は近隣の者の通路に供する必要があるからこの部分に建物を建築しないよう特約を付した以外は本件土地には何の負担もないのであることを確約しながら、自分が本件(一)の土地を土地所有者である飛弾野から賃借しているものであって原告に売り渡すについてその設定の登記をするものであることを黙したまま右売買契約成立後、原告への所有権移転登記をするのに先んじて前第一項記載の賃借権設定登記を了したものであることが認定できる。

右認定を覆えすに足りる証拠はない。

不動産の賃借権を登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対してもその効力を生ずることは、民法の定めるところであるが(民法六〇五条)、本件の場合のように、不動産の売主の代理人として買主と売買契約を締結した者が何の負担もない不動産であることを確約しながら買主に対し、その所有権移転登記を了するまでに、買主に黙してその売買の目的物に関する賃借権の登記をしたときにもその賃借権をもって買主に対抗できると考えるべきであろうか。当裁判所は、対抗できないと解したい。たとえ右賃借人が売買契約成立に先立って賃貸借契約を締結していた場合であっても。けだし、代理人として賃借権その他何らの負担もない不動産であることを確約しながら、買主に黙して賃借権設定の登記をするときは、買主の信頼はまったく損われ、取引の安全をはなはだしく害することは明々白々であることを考えると、信義則上そのようなことは、認められないといわなければならないからである。

すると、被告は、本件賃貸借設定登記をもって原告に対抗することができず、その抹消登記手続をする義務があるといわなければならない。

三  次に、本件土地に被告が古材木等を置いて本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

そこで被告の抗弁について判断すると、原・被告間に原告を注文者、被告を請負人として本件土地上に家屋を建築する旨の請負契約の存在を認めるに足りる証拠はない。もっとも、本件土地の売買契約書の付記条項二には、「買人の計画によって、売人が建築行為をする」記載があり、さらに、本件土地の売買契約の際、原告に付き添って被告方へ行った原告の舅である山崎義春が本件土地上に建築すべき家屋の模様をメモ書きにし、被告へ手交した事実があるが、≪証拠省略≫によれば、本件土地の売買にあたって、被告が家屋建築工事を依頼する業者をまだ決めていないのであれば、自分にそれを請負わせて貰いたいと申し出たが、原告は、建築計画が具体化した段階で考慮すると答弁したところから、被告の単なる希望条項として売買契約書に付記条項二を記載したものであり、被告が原告にどのような家屋を建築するのかと質したのに対し、山崎が考えていた家屋のおおよその模様をメモ書きにしたものであることが認められ、右事実をもって原・被告間に家屋建築工事について請負契約が成立したと認めることはできない。

すると、被告は、本件土地を占有する何らの権限もないのであるから、原告に対し、被告が本件土地上に置いた古材木その他一切の動産を収去して本件土地を明け渡す義務があるといわなければならない。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 榎本恭博)

<以下省略>

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